タイトル |
生殖機能を調節する最上位中枢の制御メカニズムを解明 |
担当機関 |
(独)農業生物資源研究所 |
研究期間 |
2007~2011 |
研究担当者 |
若林嘉浩
山村 崇
本間玲実
岡村裕昭
|
発行年度 |
2010 |
要約 |
ヤギを実験モデルとし、脳内に存在するキスペプチン神経細胞が動物の生殖機能を調節する最上位の中枢であり、神経細胞内の特異的なメカニズムで生み出されるパルス状の神経信号によって卵子や精子の発育を制御していることを、世界に先駆け明らかにした。
|
キーワード |
生殖調節中枢、キスペプチン、ニューロキニンB、ダイノルフィン、ヤギ
|
背景・ねらい |
哺乳動物における性腺(卵巣、精巣)の活動は、脳から末梢に分泌される性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)のパルス状の信号により制御されている。繁殖季節や性成熟を迎えた動物では、GnRHパルス分泌の頻度が高まって性腺活動が活発となり、逆に、栄養状態が悪くなったり過度のストレスがかかったりすると、パルス分泌の頻度は低下し性腺の活動が抑制される。従って、GnRHのパルス状分泌を制御する神経機構は、生体内外の情報を統御し生殖活動を調節する最上位の中枢と考えられているが、その実体が脳のどこに存在し、パルス状分泌をもたらす神経活動がどのようにして作り出されているのか、大きな謎として残されていた。本研究では、新たな家畜繁殖制御技術の開発に向け、強力なGnRH分泌促進因子として関心が高まっているキスペプチンに着目してGnRHパルス産生機構の解明を目指した。
|
成果の内容・特徴 |
- ヤギ脳内のキスペプチン神経系の特徴を解剖学的に解析したところ、視床下部弓状核と呼ばれる神経核にキスペプチンを産生する神経細胞の一群があり、それらの細胞にはニューロキニンBとダイノルフィンという神経伝達物質も共存していることが明らかとなった(図1)。さらに、キスペプチン神経細胞同士は神経線維によりネットワークを構築していることが示された。
- 覚醒したヤギにおいて、キスペプチン細胞群の神経活動を多ニューロン発火活動として解析したところ、約30分の非常に規則正しい周期で神経活動の上昇が起こり(図2左端)、それぞれの神経活動の上昇はGnRHパルスと一対一に対応していることがわかった。すなわち、キスペプチン細胞群がGnRHパルス産生神経機構である可能性が強く示唆された。
- キスペプチン細胞群の神経活動におよぼすニューロキニンBとダイノルフィンの影響を解析したところ、神経活動の上昇に対しニューロキニンBは促進的に、ダイノルフィンは抑制的に作用することがわかった(図2)。
- 以上の結果を総合し、GnRHパルス産生機構として以下のような新たなモデルを提唱した(図3)。キスペプチン神経細胞ネットワークでは、ニューロキニンBにより細胞群の同調した一斉発火が引き起こされ、わずかに遅れて作用するダイノルフィンによりその発火が鎮火されるという巧妙なメカニズムの繰り返しにより、脈動的な神経活動の上昇が周期的に生み出されている。キスペプチン神経細胞の脈動的な神経活動の上昇により、神経終末からキスペプチンがパルス状に分泌され、正中隆起でGnRHのパルス状分泌を誘起する。すなわち、キスペプチン神経細胞群は生殖を操る最上位の中枢として、GnRHを介し卵子や精子の発育を制御しているものと考えられる。
|
成果の活用面・留意点 |
- この研究で得られた知見は、哺乳類に共通した生殖制御のメカニズムと考えられる。
- 生殖医学においては、これまで原因がわからなかった不妊症や遺伝的生殖機能不全に対する科学的根拠を提供し、その治療方針や創薬のターゲットを決めるための重要な基礎知見として大きく貢献していくことが期待される。
- 畜産領域においては、生殖中枢であるキスペプチン神経細胞の活動を促進するニューロキニンBの作用は、性成熟の早期化や栄養性やストレス性の繁殖障害に対する対策など、家畜の繁殖効率向上に向けた新たな繁殖制御技術のツールとなるものと期待される。
|
図表1 |
 |
図表2 |
 |
図表3 |
 |
カテゴリ |
繁殖性改善
山羊
|