タイトル | 亜寒帯林の炭素蓄積過程に林床のコケや地衣類がおよぼす影響を解明 |
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担当機関 | (国)森林総合研究所 |
研究期間 | ---- |
研究担当者 |
森下 智陽 野口 享太郎 深山 貴文 松浦 陽次郎 Kim Yongwon |
発行年度 | 2020 |
要約 | 周極域に広がる亜寒帯林生態系の林床は、その厚みが数十cmにおよぶ様々なコケや地衣類で覆われています。こうしたコケや地衣類が森林の炭素蓄積過程におよぼす影響を解明するために、アラスカのクロトウヒ林斜面において、林床のコケや地衣類の被覆状況が異なる3地点で調査を進めてきました。その結果、有機物の分解速度を低下させることが知られている土壌中のモノテルペン濃度は、地点間で大きく異なり、それによって林床からの二酸化炭素放出量にも違いをもたらすことがわかりました。このことは、亜寒帯林では、林床のコケや地衣類が、生態系全体の炭素蓄積過程において、有機物の分解速度に影響をおよぼす可能性を示しています。 |
背景・ねらい | 周極域に広がる亜寒帯林の林床は、さまざまなコケや地衣類で一面覆われて(図1a)、20~30㎝の厚みを持った有機物層を形成することもあります(図1b)。また、コケや地衣類の中には、抗菌物質を作り出す種類がいることも知られています。したがって、コケや地衣類は、亜寒帯林においては、重要な炭素貯蔵庫として量的に寄与すると同時に、土壌からの二酸化炭素放出や生態系全体の炭素蓄積過程にも大きな影響をおよぼしていると考えられます。しかし、林床のコケや地衣類のこうした機能に着目して、その影響を調べた研究は、これまでにほとんどありませんでした。 |
成果の内容・特徴 | ■林床の被覆の違いと土壌からの二酸化炭素放出量 調査は、アラスカ内陸部に位置するクロトウヒ林の北東向き斜面(全長2㎞、標高差200m)でおこないました。この斜面では、これまでの私たちの調査から、斜面の位置によって、林床の植生や二酸化炭素放出量が異なることが明らかになっています(図2)。斜面の上部や中部では、コケ類が8割ほど占めていますが、斜面下部では、地衣類やミズゴケ(図1)などの被覆率が大きく、また、土壌からの二酸化炭素放出量は、斜面上部よりも下部で大きくなっています。 ■斜面上で大きく違う土壌中のモノテルペン濃度 一般に、温度や水分条件は、土壌からの二酸化炭素放出量に強く影響をおよぼします。しかし、今回の観測では、土壌の温度や水分条件には、斜面の3地点で明瞭な違いはみられませんでした。一方、有機物分解に関わるモノテルペン濃度を測定したところ、有機物層中で高く、林内の大気濃度に比べて、数十~数百倍高い値でした。さらに、どの地点でも、土壌中よりも有機物層中でモノテルペン濃度が高い傾向にあったことから(図3)、主に有機物層中でモノテルペンが生成されていることがわかりました。 ■コケや地衣類が炭素蓄積過程に貢献 林床の植生タイプで比べると、モノテルペン濃度は、斜面上部に広く分布していたコケや落葉の下で高く、斜面下部の地衣(トナカイゴケ)やミズゴケの下で低くなっていました(図3)。このことから、林床のコケや地衣類の被覆状況の違いが、斜面上の3地点で、有機物層中のモノテルペン濃度の違いを生み出した原因であることが明らかになりました。なお、微生物の増殖を防ぐことでも知られているαピネンが、モノテルペン濃度の半分近くを占めていました。 以上の結果は、コケ等が生成するとされるモノテルペンが、亜寒帯林では林床を厚く覆うコケや地衣類の有機物層で主に生成されることから、その被覆状況の違いは、林床からの二酸化炭素放出量や、生態系全体の炭素蓄積過程にも大きな影響をおよぼしていることを示しています。 ■研究資金と課題 本研究は、JSPS科研費(JP15H05238)「周極域森林生態系において蘚苔地衣類が炭素窒素循環に果たす役割と地域間差の評価」による成果の一部です。 ■文献 Morishita, T. et al. (2019) Spatiotemporal variations of below-ground monoterpene concentrations in an upland black spruce stand in interior Alaska. Polar Science, 21, 158-164. ■専門用語 モノテルペン:フィトンチッドとも呼ばれる森の香り物質の一部。人に対してリラックス効果をもたらしたり、微生物に対して殺菌作用を示したりするものがある。コケや地衣類:見た目は似ているが、コケは植物、地衣類は藻類と共生する菌類に分類される。日本では、トナカイゴケのように地衣類でも「〇〇コケ」と和名を与えられているものもあり、生育環境も似ていることから混同されることも多い。 |
図表1 | |
図表2 | |
図表3 | |
研究内容 | https://www.ffpri.affrc.go.jp/pubs/seikasenshu/2020/documents/p12-13.pdf |
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