タイトル | 無花粉スギの原因遺伝子(MS1)を特定しました |
---|---|
担当機関 | (国)森林総合研究所 |
研究期間 | ---- |
研究担当者 |
長谷川 陽一 上野 真義 魏 甫錦 松本 麻子 内山 憲太郎 伊原 徳子 袴田 哲司 笠原 雅弘 藤野 健 重信 秀治 山口 勝司 尾納 隆大 津村 義彦 森口 喜成 |
発行年度 | 2021 |
要約 | 花粉症発生源対策に有効な無花粉スギを高精度で選抜するには、無花粉の原因となる雄性不稔を引き 起こす遺伝子を特定することが必要です。しかし、スギのDNAは110億塩基と巨大なため、その原 因遺伝子を特定することは、これまでできませんでした。今回、雄花で働く遺伝子の中から花粉の有 無に関連するものを探した結果、花粉表面に脂質を運ぶタンパク質の遺伝子が雄性不稔の原因遺伝子 のひとつ(MS1)であることがわかりました。さらに、MS1のDNA配列の一部が欠けると、無花粉 になることがわかりました。この遺伝的変異を識別するDNAマーカーを用いて、スギからMS1の遺 伝子を持つ個体を見つけ出すことが可能になりました。 |
成果の内容・特徴 | ■雄性不稔を引き起こす遺伝子(MS1)の特定 国民の約3割が花粉症に悩んでいるといわれる現代において、植栽するスギを無花粉のものに替えることは、植林を通じて行える花粉症対策の一つです。一方で、花粉の形成に必要な遺伝子の一つ(MS1)に、無花粉(雄性不稔)を引き起こす遺伝的変異を持つスギは全国で約20個体しか見つかっていません。日本の各地域の気候に合わせてスギを植えるためには、各地より多くの無花粉スギを探し出す必要があります。しかし、スギのDNAは、ヒトのDNAの3.5倍に達する110億塩基と巨大なため、スギのDNAから特定の機能を持つ遺伝子を探し出すことは非常に難しいことでした。 そこで、雄花で働く遺伝子の中から花粉の有無に関連するものを探し、すでに知られていたMS1の染色体上の位置と照合しました。その結果、花粉表面に脂質を運ぶタンパク質の遺伝子であるCJt020762と呼ばれる遺伝子が原因遺伝子の候補として見つかりました。さらに、この遺伝子のDNA配列を解読したところ、MS1の雄性不稔を持つ個体は、その配列の異なる2か所で、4塩基、または30塩基の欠損が認められました(図1)。そして、そのどちらかの欠失変異を持つ遺伝子を両親から受け継いだ個体は無花粉であることを明らかにしました。これらの結果から、CJt020762の2か所の欠失変異が、それぞれMS1の雄性不稔の原因となることが示されました。よって、これらの欠失変異を識別するDNAマーカーを用いて、スギからMS1の雄性不稔遺伝子を持つ個体を見つけ出すことが可能になりました。 ■全国のスギ天然林には雄性不稔遺伝子(MS1)の祖先タイプが存在する これらの欠失変異が日本のスギにどのように広がっているのかを明らかにするために、全国18か所のスギ天然林でCJt020762のDNA配列を調べました。その結果、4塩基の欠失を持つ個体はこれらの天然林には見つかりませんでしたが、宮城県石巻では30塩基の欠失を約3割の個体が持っていました(図2左)。また、4塩基の欠失と30塩基の欠失がある配列タイプは、共通の祖先タイプから枝分かれして生じたことがわかりました(図2右)。そして、この祖先タイプは全国のスギ天然林に広く分布していました(図2左)。以上のことから、その祖先タイプから生じた欠失変異を持つ個体が全国から今後発見される可能性があります。 スギは、日本各地の環境に適応しており、地域に合った種苗を用いる必要があります。今後は、MS1以外に見つかっている3種類の雄性不稔についてもその遺伝子の特定をすすめ、より多くの無花粉スギが利用できるようにしたいと考えています。 ■研究資金と課題 本研究は、交付金プロジェクト*「有用遺伝子の特定に向けたスギ全ゲノム走査」、農林水産業・食品産業科学技術研究推進事業「無花粉スギの普及拡大に向けたDNAマーカー育種技術と効率的な苗木生産技術の開発(課題番号28013B)」、農研機構生研支援センター「イノベーション創出強化研究推進事業」のうち「成長に優れた無花粉スギ苗を 短 期 間 で 作 出・普 及 す る 技 術 の 開 発(課 題 番 号28013BC)」、基礎生物学研究所共同利用研究「スギの全ゲノム配列の解読(課題番号16-403、17-405、18-408)」の成果です。 ■文献 Hasegawa, Y. et al. (2021) Identification and geneticdiversity analysis of a male-sterile gene (MS1) in Japanese cedar (Cryptomeria japonica D. Don). Sci. Rep., 11,1496. ■専門用語 MS1:スギで発見された無花粉の原因となる遺伝子のひとつ(MSはMale Sterilityの略)。 欠失変異:DNAの塩基配列の一部が失われること。 DNAマーカー:特定の遺伝的変異を識別するために使用する、固有の塩基配列のこと。 |
図表1 | |
図表2 | |
研究内容 | https://www.ffpri.affrc.go.jp/pubs/seikasenshu/2021/documents/p38-39.pdf |
カテゴリ | 育種 DNAマーカー 苗木生産 |