タイトル | 水中における品質関与成分の複合体構造の高精度解析 |
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担当機関 | (国)農業・食品産業技術総合研究機構 食品研究部門 |
研究期間 | 2020~2020 |
研究担当者 |
氏原ともみ 林宣之 |
発行年度 | 2021 |
要約 | 食品成分は複合体を形成して品質を変化させる。この現象を新たな品質評価・制御法に利用するためにはそれらの構造に関する詳細な解析が不可欠である。実験的手法と計算化学的手法を併用したモデルにより、水中における食品成分同士の複合体の構造を高精度に解析することができる。 |
キーワード | 食品、品質、成分間相互作用、複合体、分子動力学計算、量子化学計算 |
背景・ねらい | 果実の色素のコピグメンテーション現象(色素が補助色素(コピグメント)と複合体を形成して色調、色の強さが変化する現象)のように、食品の品質には成分間の相互作用が関与することから、それらを評価・制御することで食品の新たな品質評価・制御法の開発につながることが期待される。そのためには、溶媒中で成分分子が実際にどのような形態および構造として存在しているかを明らかにすることが必須となる。しかし、この情報を分光スペクトルのような実験的手法のみによって得ることは不可能である。 本研究では、品質関与成分の水中における複合体構造を、実験的手法と計算化学的手法を組み合わせたモデルによって高精度に解析する。ここではその適用例として、茶に含まれるポリフェノールとカフェインから生成する複合体に焦点を当てる。この複合体形成は良く知られた化学現象であり、両物質は渋味または苦味を有するが、複合体形成に伴いこれらの味が低減されるとの報告がある(石井(2013)東洋食品研究所研究報告書、29:183-189)。しかしながら、水中における複合体構造については十分に解明されていない。 |
成果の内容・特徴 | 1. 実験的手法により、複合体の化学量論と結合定数を求め、複合体を形成する各分子のおおよその位置関係を見積る。1H NMR滴定実験にて観測される化学シフトの変化(図1)の解析により求めたEGCg/カフェイン複合体の化学量論は1:1、結合定数は68.8である。二次元NMR・NOESY実験より、EGCg/カフェイン複合体の両分子は、EGCg分子のB環とカフェイン分子の7位メチル基、EGCg分子のガロイル基とカフェイン分子の1, 3, 7位メチル基とが近接した配置を取ると推定される(図2)。 2. 複合体構造、分子間相互作用および相互作用エネルギーに関する解析は理論化学計算によって行う。計算に投入する複合体の初期構造に関しては、客観的・網羅的にスクリーニングするため、まず個別の分子の配座解析、上記の実験で求めた化学量論に基づいて設定したドッキングシミュレーションでの複合体初期構造の発生、複合体の周りに水分子を実体として配置した分子動力学シミュレーションにより、複合体とそれに水素結合した水分子からなるクラスターの構造を得る。続いてこのクラスターについて量子化学計算による構造最適化を行い、安定構造を得るとともに相互作用エネルギーを算出する。 3. 化学計算によって得られた複合体構造をNOESY実験の結果と比較し、寄与の高い構造を決定する。EGCg/カフェイン複合体では、図3に示す3つの構造が実験結果を支持する。構造aは単独で全てのNOESYシグナルを説明することができる。さらにこの構造は、既に報告されているEGCg/カフェイン複合体の結晶構造(Ishizu (2016) Chem. Pharm. Bull. 64:676-686)の一部と良く一致する。一方、構造bおよびcは単独ではNOESYスペクトルを説明できないが、構造aと共存する可能性がある。特に構造bは最も安定である。 4. 成分分子間の相互作用は、原子または原子団の配向とそれらの距離に基づいて解析する。EGCg/カフェイン複合体構造a、b、cには、それらの全てでEGCgとカフェイン分子の芳香環同士の相互作用(aromatic/aromatic相互作用)が確認できる。両分子の極性基は分子間で直接的には相互作用しないが、溶媒の水分子を介してOH/O、OH/Nのような水素結合のネットワークを構築して安定化に寄与する。構造aのみ、aromatic/aromatic相互作用にガロイル基が用いられ、カフェインの7位メチル基とEGCgのA環との間に存在するCH/π相互作用を加えて二座配位によって安定化される。 |
成果の活用面・留意点 | 1. 複合体は非共有結合である分子間力で構築されており、複数の構造が共存し得る。その場合、NMR等の正味のスペクトルは各構造の存在率に基づく加重平均であるため、スペクトルによる各複合体構造に関する情報は限定的である。このような実験的手法に加え、計算化学を用いることで、複合体に関する詳細な解析が可能となる。 2. 計算化学実験においては、計算に投入する初期構造の構築が非常に重要である。恣意性を排除し、網羅的な初期構造探索を行うため、複合体の各構成分子、複合体ともに配座解析、ドッキングシミュレーションを実施して初期構造を得る必要がある。 3. 食品成分の主要溶媒である水は、水素結合によって溶質の複合体とクラスターを形成し、安定化に寄与する。そのため水中における複合体形成現象では、水分子を実体として取り扱うことで、精度の高い解析が可能となる。 4. 水中における食品成分の複合体形成現象を詳細に解析・理解することで、より詳細な品質特性の解明・制御につながることが期待できる。 |
図表1 | ![]() |
研究内容 | https://www.naro.go.jp/project/results/5th_laboratory/nfri/2021/nfri21_s11.html |
カテゴリ | 茶 |